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野鳥フォトグラファー 菅原貴徳の日々。オーロラの下での生活も昔のこと。まるでオーロラのように儚く行ってしまった。あの経験から、何を生み出せるでしょうか。
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カテゴリ:好きなモノ( 3 )

「東京湾にガンがいた頃」について
久々、本の感想文です。寝る前の時間で少しずつ読み進め、昨日読み終わったのが、これ。
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塚本洋三さんの「東京湾にガンがいた頃―鳥・ひと・干潟どこへ」

以前、BIRDER誌に連載されていた「新浜物語」を加筆・まとめ、2006年に出版されたものです。一番好きな連載でしたが、写真も追加された上で、改めて読むとまた深い。「つまらなくて汚くて役に立たないところ」とさえ言われていた干潟から、よくぞここまで深い物語を紡げるものだと尊敬します。

この物語は、物語であっても、すべてが実話に基づいています。現在のディズニーランドや臨海公園、工業地帯が広がる辺り。その辺りが自然海岸だった時のことなど、残念ながら、どう頭をひねっても私にはイメージできません。あの、直線で出来た世界が、すべて干潟だった時代が有ったなんて。「アメリカまでつづいている」と思わせるほどのものだったなんて。そして、そこに何種ものガンが舞ったなんて・・・。
と思えば、現在普通に見られるミヤコドリは当時の大珍鳥だったとのこと。ようやく現れた1羽を、望遠鏡にカメラを押し当て、干潟を這いながら接近して写した1枚。では、現在たくさんいる鳥だからって価値を失ったかと言えば、そうではない。むしろ、だからこそ「私のミヤコドリ」として、価値を持つのかと。

そう、ここにバードウォッチングの本質が有ると思うのです。人によってスタイルが違うのは承知の上ですが、「見に行った○○」と、「ようやく見つけた・出会えた○○」では、思い出の深さが違うのかと。トキは「見るべきではない」鳥とし、ほかの珍鳥も、「見に行かなかっただけのこと」と。いつか、自分の○○を見つける。この辺は、引用だと誤解を招きそうなので、とにかく、読んでいただきたい。

筆者は、埋め立てられる前の新浜を経ち、アメリカへ行かれています。そして、一時帰国した際の驚き、失望。なんとも言えない悔しさのようなものがあちこちに滲み出ているのも事実です。

そうやって東京湾が埋められたことで、逆に三番瀬の生物多様性の価値が認識され、多くの人を集めたと言うのは皮肉なこと。そして、今では人と自然をつなぎ、生きものへの興味を生み出す場になっています。かくいう自分も、旧新浜の周辺は、小さい頃から潮干狩りや海洋生物採集に明け暮れ、いつからか鳥たちを見に行くようになった場所。今となってはたくさんのバーダーが訪れる場所ですが、その場所の歴史的背景や、その裏で戦った方々、無念の思いを抱いた方々、なにより居場所を失った鳥たち。それを知ることが、ひとつの礼儀なのではないでしょうか。

たぶん、僕の鳥見に対する考え方やスタイルは、初心者だった頃に読みあさったこのような文章から、知らぬ間に相当な影響を受けていると思います。

余談ですが、筆者である塚本さんとは2度ほど、お会いしたことが有ります。とても温かい人柄が笑顔から滲み出る、とても魅力的な方です。氏は現在、バード・フォト・アーカイブスという会社を立ち上げられ、ともすればゴミとして捨てられてしまいそうな、モノクロ写真を資料として収集なさっています。ご自宅に眠るモノクロ写真をお持ちの方は、ぜひ寄贈の相談をされてはいかがでしょうか。なんてことない1枚も決して新しく撮ることは叶わず、一方で大変な資料的価値を持つ日が来るのかもしれないのです。この本に載っている写真も、当時はここまで多くのことを語るなんて思いながら撮られたものではないでしょう。HPでは日記や、写真コレクションの一部を見ることが出来るので、ぜひ訪問されることをお勧めいたします。

この感想文を記すにあたり、同書を検索して、多くの方が感想をブログに載せておられるのに驚きました。野鳥関係の本としては、極めて珍しいことではないでしょうか。それだけ、読み終えた後に満足感や心揺さぶられるものが有ると言うことだと思うのです。


ちなみに、この本についてtwitterでつぶやいたら、あっという間にAmazonの在庫がなくなり、ちょっと驚いています。
なお、この本が売れても、当然ですが僕のところには一切利益は生じません。ただ、自分のブログに、自分が読んで良いなぁと思ったものを、ただ好きなように書いただけのことです。でも、この作品の感想を語り合えたり、共感からの連鎖で、将来少しでもいい探鳥環境(鳥もひとも環境も)になって行けば良いなぁ、と期待しています。

先日の日記にも書いた通り、いま若手のバーダーの繋がりを立ち上げてくれた学生たちのお陰で、その土壌は出来つつあるように思います。30年後、今が昔話になった時、嘆くばかりではないことを期待したいと思います。
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by taka_s-birds | 2015-09-25 23:48 | 好きなモノ | Comments(0)
「野鳥の撮影法」について
 さて、前の記事の続きです。柚木修さんの「野鳥の撮影法」(培風社,1985)。
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 近年、デジタルカメラが普及し、これまでは比較的「難しい」とされて来た野鳥の写真も簡単に撮れると言われるようになりました。これには賛否両論あって、僕も僕なりの考えはあるのですがそれは置いといて。
 そんな時代に、敢えて昔のハウツー本を出して来ました。この本が書かれた今から30年ほど前、本の中で紹介されている当時の各社のカメラはみんなMF(マニュアルフォーカス)。自動露光が新しい技術とされているほどです。現在では、最新のものでは中野耕志さんの「デジタルカメラによる野鳥の撮影テクニック」(誠文堂新光社,2013)はじめ、たくさんの本が出ています。そんな中、昔の本に、今役に立つことなんか書かれているの?と思われそうですが、もっと大切なことがたくさん書かれていて、かなり考えさせられました。
 それの最たるものが、これ。
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 機材の選び方や、撮影の仕方に入る前に、一章を使って、鳥への接し方が書かれているのです。「しかし、野鳥写真を撮影する人が増える事によって、野鳥の生息に影響がおよぼされることがあることも、決して見逃している訳ではない。本書ではその点についても言及してみた」(引用、まま)と。30年も前に、野鳥写真の人口が増える事を予期されていて、そして無秩序化が起こる事を憂いておられたということです。そして、本文中には、過去にあった撮影トラブル(主に営巣中の写真)や、保護上・敏感さの理由から撮影を控えるべき鳥なんてこともリストにされていて、あぁ、この時代にすでにもういろんな人がいたのだな、という事が分かりました。また、このような視点は、(自戒も込め)現在のバーダーに欠けているというか、そもそも浸透していないものなのかな、と思わずにいられませんでした。たった趣味で行う事なので、基本的に野鳥写真を撮る事は、相手(つまり被写体となる鳥)には何もいい事はありません。そこをお邪魔する訳です。現在の風潮は、この本の筆者の目にはどう映るのでしょうか。。。そもそも あれは駄目で、これはいい というのは人間基準で考えるのではなく、撮影中の野鳥の表情も含め、嫌がるそぶりがないか見て自分で判断する事だと思っています。が。大勢が情報に群がるような現在では、ひとりの判断の重みも薄れてしまうのでしょう。

 実は、この本に出会ったのはブックオフでのことでした。何気なくめくっていたら「モラル」という言葉が入って来て買わずにいられなくなりました。実は、前回の叶内さんの本の中でも、人とのいい関わりだけじゃなくて、衝突も多々書かれています。撮影マナーというのは、気にしない人は全く気にしないし、気になってしまう人はいろいろなものが目についてしまうもののようです。

 そして、撮影の実際に関しても、当時の「シャッター1回の重み」が違った頃の工夫というのは学ぶ部分が多いです。そして、その基本がないと、いくらいいカメラがあっても限界が来る、と。僕も、先輩から譲り受けたMFのレンズを長く使っていますが、工夫を重ねた結果、撮れたと思える作品が多々あります。逆に、最初から最新のものを与えられなくてよかったとさえ思います(それでも、若いうちに500mmを持てた事は幸運でしかありません)。

 前回の叶内さんの本と並び、古きものから得られるものは多いのでした。

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by taka_s-birds | 2014-07-28 08:30 | 好きなモノ | Comments(0)
「鳥に出会う旅」について
 全く更新がないですね。一応の報告として、管理人はちゃんと生きています。

 かといって新しい写真はあまりないので、新しい試みとして、本の紹介でもしてみましょうか。
4月に引っ越しをして、新しい街へきた事は以前に書きましたが、その際、どうしても実家から持ってくる本は限られてしまって。そのため、いま住んでる部屋にあるモノは結構、お気に入りだったりします。それでもまだ、持ってきたい本がたくさんあるのですが。。。
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 そんな中、最近手に入れた本で少し、気になるモノがあったので、ちょっと覚え書きを。
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 野鳥写真界の巨匠、叶内さんの「鳥に出会う旅」(世界文化社,1991)と、柚木修さんの「野鳥の撮影法」(培風社,1985)です。

 前者は、叶内さんが野鳥撮影を始められてから、各所へ鳥を求めて出かけ、そこで出会った人や鳥を囲む風景が描写された本です。特に前半、なにも知らないまま、ただ人から伝え聞いた「鹿児島にツルがいるらしい」といった断片的情報を元にそこへ出かけ、そしてツルを目にしたときの感動が綴られている場面は非常に興奮します。と、いうのは、私自身も、「鳥がいそうだ」というだけで、欧州の辺鄙な田舎に飛び込んだ経験があるからです。
 例えば昨年の正月ですが、「フラミンゴがいるらしい」という話をホステルのオーナーに聞き、欧州の正月なんて交通機関もほぼ動いていないに等しい中、なんとか地下鉄、船を乗り継ぎ、そしてそこから徒歩2時間でそれらしい干潟まで歩きついた時の事。結局、フラミンゴには会えなかったのですが、そこに至るまで、もっと言えば、出発しようと思い、腰を上げるまでのすべてが深く印象に残っているのです。日本人はおろか、観光客なんて一人もいない、羊飼いしかいないような土地を抜け、そして、夕暮れには現地の親切な人が、港まで車で送ってくれた日。これは以前からずっと、思っている事ですが、鳥はどうでもいいんですね。こう書くと誤解されそうですが、もちろん、鳥が「目的」で出かけていくのですが、後になって一番深く覚えているのは、そこまでの過程であったり、途中で買ったジュースだったり、出会った人だったり。鳥を見たい!という欲求がなければ成り立たない旅なのですから、やはり鳥は大事なのですが。「情報がない」ことは、現代ではある意味で「致命的な事」なのかもしれませんが、なくてやれないことはないし、その方がいい事もたくさんあるのかと。
 叶内さんの旅の中でも、随所に出会った人や、移動中の心情が出てきます。実はまだ、半分も読めていないのですが、今の野鳥写真界において、このような旅や心情を経験する幸運に恵まれる人はどの程度いるのだろうか、と考えてしまうものです。僕が小学生で鳥を見始めた時、常に持っていたのが叶内さんの図鑑でした。今でも大事にしていますが、その膨大な写真の裏に、このような一つ一つの旅があった事がすばらしいな、と思います。

長くなってしまったので、後者は別記事にします。

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by taka_s-birds | 2014-07-27 03:32 | 好きなモノ | Comments(0)